帰国日記 旅行に行ってきた

満天の星

鹿児島港からフェリーで4時間揺られたらもうそこは屋久島だった。
前から調べていた安宿に連絡したら、部屋が空いているとのこと、すぐに港まで迎えに来てくれた。一泊2000円で個室。トイレと風呂は共同でキッチンが使える。
そんな宿だから結構クセが強い人達が毎日集まる。それはそれで楽しいものだ。なにせ一期一会なのだから。
僕は毎日観光地を周り、大自然に触れ、命の洗濯をしていた。
屋久島最終日の夜、僕はキッチンで刺身を切っていた。宿のおじさんとおばさんに何かお礼をしたかったのだ。おじさんは僕が切ったさんまの刺身がおいしいと言ってくれた。そしておばさんにはイカの紫蘇巻きを食べてもらった。作り方を教えてほしいと言われた。うれしかった。
夜8時頃一人の女性が食卓の輪に入ってきた。新顔だ。さっきチェックインをしたのだろう。先ほどまでお風呂に入っていたらしい。彼女はお酒が飲みたいらしくて宿のおばさんにお酒は販売してないのか聞いていた。
ここは安宿。そんなサービスは存在しない。みんな歩いて10分くらいの所にあるスーパーで買ってきて宿に持ち帰り食事や酒を飲んでいる。
僕は共用冷蔵庫の中にストックしているチューハイを一缶彼女にあげた。彼女はそれをグイっと飲み干した。かなりいけるクチだ。飲みっぷりがいい。そして何か思い出したように部屋に戻り、小瓶のワインを持ってきてそれもまた飲み干してしまった。すごい。
その日の食卓はにぎやかだった。屋久島の虫を採集しにきた人達。屋久島のあらゆる所を写真に撮りたくて訪れた人達。名古屋でバンドをしている電気工の若者などなど。みんな酒が入ってかなり盛り上がっていた。
特に虫取りにきたおじさん達は芋焼酎をかなり飲んでいてにぎやかだった。どんな話題でも入ってきてご自身の武勇伝を語ってしまうのだ。若い人達はあまり相手にしていなかったが、僕は多少は付き合って相槌をひたすら打っていた。
僕の隣に座っていた飲みっぷりがいい女性は僕以上におじさんの武勇伝を聞いていたので、優しいなと思った。そして僕と彼女はおじさんの話をうまくかわしながらお互いの紹介をした。
彼女の名前はOさん。京都に住んでいて看護士をしているそうだ。背が低く長髪で目が細い。なんでも看護士だけじゃやっていけないので夜は祇園で働いているそうだ。なるほど酔っ払いの扱いがうまい。看護士の仕事で休みが取れたので前から行きたかった屋久島に来たのだそうだ。
12時近くなると食卓に集まった人達はみな部屋に戻り始める。みな明日が早いのだ。屋久島の山へは朝早く出発したほうがいい。一日がかりのルートが多いからだ。僕は翌日の昼に港を出るフェリーに乗るのでのんびり芋焼酎を楽しんでいた。
隣で座っていたOさんはその日屋久杉で一番大きい「縄文杉」を見に行ってきた時にガイドさんから屋久島ではどこからでも星がたくさん見れると聞いたそうで、海にまで星を見に行きたいと言い出した。僕は女性を一人で行かせるのはまずいと思って、宿から懐中電灯を借りてOさんに付き合った。
僕たちは宿を出るとすぐに空を見上げたが、あまり星が見えなかった。僕はOさんにガイドに騙されたんじゃないの?と言ったけど、彼女は海が見たいので海岸まで行くときかない。すこし歩いて海岸につながる草むらの道を歩き、海岸に出て空を見上げると見える見える満天の星が。宿の近くから見ると周りの電灯の影響で光が弱い星が見えないのだ。
そしてOさんは3ヶ月前に失恋した話を話し始めた。相手は一回り上の人。彼女は僕より歳が2つ下なのでまあまあの歳だ(自分もそうだけど)。その相手の人は彼女が祇園で働いているのが我慢できなくて、ある日彼女に一方的に怒鳴り散らし別れを告げたそうだ。
いくら年が上で包容力があっても自分の彼女が毎日祇園でお客さんの相手をしていることを考えたら気が気でないだろう。人は一度マイナスに考え始めたらそれを止めるのは並大抵ではない。
それでもOさんは彼に信じてもらいたかったそうだ。そんな話をしている彼女はとても辛そうだ。今回の旅行は決して失恋旅行じゃないとOさんは言っているが、そうなんだろう。
旅は心をほぐしてくれる。疲れた心に生きる活力を吹き込んでくれる。出会った人達に助けてもらい、人に感謝する気持ちが出てくる。だからみな旅に出るのだ。
この宿で出会った人達はみなさびしさを抱えてやってくる。そんな人間達が何かの縁でつながった夜に酒を飲み合い、言葉を交えて心を寄せ合うのだ。
そんな出会いを生んでくれた屋久島と屋久島に住む優しい住人に感謝。
僕も含めてみんな元気に前に一歩踏み込めればいいと思う。
屋久島の自然と満天の星は彼女の心を癒してくれたのだろうか?
きっとしてくれたはずだ。
一人でも多くの人が笑顔でありますように。

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